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ロッキード事件の真相(PART 1)


 


ロッキード事件の真相(PART 1)


 



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ケイトー。。。、ロッキード事件 というのはずいぶん昔に起こった事件でしょう!?



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そうです。。。 でも、元首相の田中角栄が逮捕された事件なので、記憶している人はたくさんいると思いますよ。。。


確かに、そうよねぇ~。。。 一国の首相経験者が逮捕されるというケースは世界を見渡しても、それほど多くないわよねぇ~。。。


そうですよ。。。 だから、日本で暮らしたことのないシルヴィーでも事件の名前ぐらいは知っているわけですよ。。。


。。。で、この事件には謎の部分があったわけなのォ~?


そうなのです。。。 田中角栄が逮捕されたということで、それなりに事件は収まったように見えたのだけれど、この事件にはもっと深いところで謎があったのですよ。。。


でも、どういうわけでケイトーは この事件を取り上げる気になったわけぇ~?


たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。



ロッキード事件の真相は?


 



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『消えた21億円を追え』は、関連資料を丹念に追った結果、ロッキード事件の本筋は田中の関与の焦点となった旅客機トライスターではなく、金額もはるかに大きい対潜哨戒機P3Cの日本導入に関わるものであったことを強く示唆する。
当時国産の対潜哨戒機開発も進められていたが、結果として日本は一機100億円超のP3Cを100機購入することになる。


拒否を費やしてアメリカから兵器を購入するのか、国産化志向か。
防衛装備品をめぐる問題は日米関係の「奥座敷」ともいうべき世界であり、そこにはアメリカの「虎の尾」といった謀略説を超えた深遠が広がっているようにも見える。


いずれにせよ、日本が対米関係において強調、依存、自立といった道筋の狭間で懊悩を抱える限り、ロッキード事件は「戦後最大の疑獄」としてではなく、日本の対米関係を映し出す鏡として語られつづけるのではないだろうか。


 (223ページ)


昨今の「角栄ブーム」の背景には、「戦後=庶民の時代」の結実ともいうべき「一億総中流」へのノスタルジーと思慕が込められているのではないだろうか。


こうして見てきたように、田中角栄は戦後日本の象徴であり、それと同時に、21世紀を歩む現代日本の姿と歪みを「戦後」という観点から照射する存在なのである。


 (224-225ページ)


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『日本史の論点』
編者: 中公新書編集部
2018年9月25日 第3刷発行
発行所: 中央公論新社



日本では、最近「角栄ブーム」が起こっているらしいのですよ。。。 実際、僕が2016年に書いた角栄さんの記事も読まれている。。。


 



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『拡大する』


『田中角栄と軽井沢』


 



これはライブドアの僕の「徒然ブログ」の日本時間で8月15日の午後11時52分から翌日16日の午前2時58分までの3時間の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



あらっ。。。 8月16日の午前2時に『田中角栄と軽井沢』という記事を読んだネット市民がいたのねぇ~。。。


そうなのです。。。 山形市に住んでいる熱心な読者ですよ。。。 この記事の中にも次のようにロッキード事件の謎に関することが書かれているのです。。。



特捜部は米国と深い関係



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歴史的に特捜部は米国と深い関係をもっています。
まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。


敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。
1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。



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そうした不当に隠された物資を探し出して、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。
「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。
つまり、GHQのために「お宝」を見つけ出す特別の捜査機関。
それが東京地検特捜部の前身だったのです。


 (中略)


過去の東京地検特捜部長のなかで、もっとも興味をひくのは布施健(ふせたけし)でしょう。
彼は戦前、ゾルゲ事件の担当検事として有名でした。
私はこの事件が1941年9月に発覚し、対米戦争の回避を模索していた近衛内閣が崩壊する一因となった裏には、米国の工作があったと考えています。
ゾルゲと親交のあった尾崎秀実は上海でアグネス・スメドレーと親交を結びますが、このスメドレーは1941年に米国国内で、対日戦争の呼びかけを行っていました。


いずれにせよ、G2のウィロビーはゾルゲ事件の報告書をまとめて陸軍省に送っていますから、ウィロビーと布施には密接な関係があります。
さらに布施は、一部の歴史家が米軍の関与を示唆する下山事件(国鉄総裁轢死事件)の主任検事でもあります。


そして田中角栄前首相が逮捕されたロッキード事件のときの検事総長でした。


ゾルゲ事件といい、ロッキード事件といい、いずれも闇の世界での米国の関与がささやかれている事件です。
そのすべてに布施健は関わっています。


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




83-85ページ 『戦後史の正体』
著者: 孫崎 享
2012年8月20日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 創元社


『田中角栄と軽井沢』に掲載。
(2016年4月21日)



あらっ。。。 この事件の時の検事総長が布施健と書いてあるわねぇ~。。。



そうです。。。 この人が日本の疑獄史上、最大の事件とされるロッキード事件の捜査を指揮し、政治の圧力に屈せず田中角栄元首相を逮捕、起訴に追い込んだのですよ。。。


この人がロッキード事件の謎に深く関わっているのォ~?


僕は、そう思います。。。 実は、NHKの特別番組でこのロッキード事件を取り扱っているのですよ。。。


 



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上のクリップは第1部から第3部を含んだ3時間13分の長いスペシャル番組なんだけれど不思議なことに、この番組の中には当時の検事総長が布施健さんは出てこない。。。 中心になって動いているのは検事総長から事件を任された東京地検特捜部の吉永祐介・副部長なのですよ。。。



。。。で、謎の部分というのは?


あのねぇ~、ロッキード社から出た5億円を田中角栄が丸紅を通して受け取ったということが表に出てきたのだけれど、それよりも多額の21億円という金が動いているのですよ。。。


その金がどこに消えたのかが謎というわけなのォ~?


そういうことですよ。。。 この金が対潜哨戒機P3Cの日本導入に関わっている、ということなのですよ。。。


要するに、ロッキード事件の本筋は田中の関与の焦点となった旅客機トライスターではなく、金額もはるかに大きい対潜哨戒機P3Cの日本導入に関わるものであったということねぇ~。。。


そういうことです。。。


でも、この対潜哨戒機P3Cというものが、それほど大きな問題になるのォ~?


あのねぇ~、このP3Cというのは冷戦時代のソ連の原子力潜水艦を特定するための哨戒機なのですよ。。。 当時の防衛庁は、この哨戒機を国産で作ろうとしていた。


 



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それをロッキード社が21億円の政治資金を日本の政府高官に握らせて、P3Cを買わせようとしたわけなのねぇ~。。。!?



そうです。。。 結果として、日本政府は一機100億円超のP3Cを100機購入することになったのですよ。。。 でも、この軍事が絡んだ事実は当時の日本国民には発表できなかった。


どうして。。。?


あのねぇ~、当時のニクソン政権下の国防総省では日本の自衛隊をアメリカの戦略構想の一部として考えられていた。。。 だから、これから日本が開発しようとしている対潜哨戒機よりも、当時の最新の技術で開発されたP3Cを日本に買ってもらわなけらばならなかったのですよ。。。


つまり、日本はアメリカ防衛戦略の中でP3Cを備えた不沈空母にされたわけねぇ~。。。


そういうことです。。。 そのために、元ロッキード社の副社長だった当時の駐日アメリカ大使・ジェイムズ・ホジソン(James Hodgson)が、いろいろと動いたわけです。。。


。。。で、布施健さんは、この中でどのような役割を占めていたわけぇ~。。。?


まず、次のような動きがあった。



事件もみ消し


 



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駐日アメリカ大使の任期中に自らの出身企業が関与するロッキード事件が起こった。


2010年2月12日付の朝日新聞は、1976年2月当時に自由民主党の幹事長であった中曽根康弘からアメリカ政府に対し「この問題をもみ消すことを希望する」という要請があったことを報告したホジソンの国務省宛ての公電が見つかったと報じた。


ロッキード事件発覚の翌1977年にP3-Cは導入され2016年までにアメリカに次ぐ約100機、約1兆円の良いビジネスとなった。




出典: 「ジェイムズ・ホジソン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



吉永祐介


 



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日通事件、ロッキード事件など数多くの事件を東京地検特捜部で手がけ、俗にいう“現場派”として検事総長を歴任。
2004年(平成16年)4月29日、瑞宝大綬章受章。


ロッキード事件の際、吉永祐介・副部長は新聞記者に対して「黙れ」「とにかく今後P3Cと書くことはならん」と言い、違反したら地検の会見には出させないと脅した。
翌日からP3Cが紙面からきれいさっぱり消えたという。


また、実質的な司法取引による刑事免責を与えられたロッキード社幹部のアーチボルド・コーチャンの証言について、吉永副部長は「米国人は聖書に手を置いて証言するから嘘は言わない」と新聞記者に言ったという。
警察から情報が漏れていると考えていた。




出典: 「吉永祐介」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



。。。で、こういう動きの中で、布施健さんはどのように動いたわけぇ~?



あのねぇ~、ロッキード事件では、極めて異常なことが起こったのですよ。。。 例えば、アメリカ人関係者の不起訴と秘密工作。



アメリカ人関係者の不起訴と秘密工作


 



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また、コーチャン、クラッター、エリオットのアメリカ人3名が起訴されずに嘱託証人尋問調書が作成された点については、日本の司法制度にない司法取引であり反対尋問もできなかったという批判がある。


しかし、両名に対する嘱託尋問がアメリカで行われるのに際して3名は当初証言を拒否し、アメリカでは外国の公務員に対する賄賂を規制する法律がなくアメリカ国内法では合法だったことや、アメリカ政府が実業界要人を日本へ引き渡すことが非現実的だったため、日本の検察が外国裁判所ノ嘱託ニ因ル共助法に基づいてアメリカ司法機関に嘱託するにあたって、刑事訴訟法第248条に基づく起訴便宜主義という手法を取り、1976年7月21日に布施健検事総長が公訴不提起声名を出した。


同年7月24日に最高裁が裁判官会議でアメリカ側証人の刑事免責の保証を決議することで、事実上の免責を与えたのが直接的な理由である(日米犯罪人引渡し条約の発効は1980年、国際贈賄防止条約の発効は更に遅れて1997年)。




出典: 「ロッキード事件」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



つまり、アメリカ国防戦略に絡んだ大きな事件になる前に、田中角栄で手打ちにするために、布施さんがアメリカコネクションを使ったわけなのねぇ~。。。



僕は、そう見てますよ。。。


要するに、日本は今でもアメリカ防衛戦略の中でP3Cを備えた不沈空母にされてるわけねぇ~。。。


その通りですよ。。。 日本は1952年に独立を果たしたことになっているけれど、相変わらず占領時代のままですよ。。。 アメリカ軍の基地が日本から無くならない限り「独立日本」というのは名ばかりですよ。。。


 



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 (すぐ下のページへ続く)


by denman1720 | 2019-08-17 03:33 | 歴史四方山話 | Comments(0)

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